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今僕は満足感でいっぱいなんだと思う
言いたいことだけをそのままさらっと言うと

死にたい時に、簡単に死ねる! 素敵!』


なにしろ気まぐれだから、それが自己満足であっても最後までちゃんと書くかどうか悩んだけれど
自分が満足するように好き勝手書いてみる。いつものことだけど!

気分悪くなるのほぼ確実な気がするから自己責任でお願いします~ まあ此処ではいつものことだけど
まあ普通こう書かれても、人はそれを見つけたら見るものだよね。好奇心っていうものがあるから。



先日から二日程、考え事と鬱全開の状態でずっと寝込んでいた
その時はもう何もかもがどうでもいいって感情とかでいっぱいで
パソコンをやる気もせず
DSをやる気もせず
本を読む気にもならなければ
いくら空腹でそれによる吐き気がしても食欲も皆無
いくら暑くても布団に潜り
ほぼ動かない
というよりは動けない 身体が重い 気分も重い 苦しい
相変わらず考えても仕方なく落ち込むだけの考え事をひたすらしまくって絶望感にどっぷり浸かる
時々寝返りをうつ
それだけ。



今日になってそれは改善し、今はなんともなく
通常通りに食欲もあるし、普通に動けてこうしてパソコンに触れているけど
相変わらず胸も圧迫感はあるし、それからあのひたすらどんよりとした感情は残っているし若干鬱状態
病気が悪化したとか? 元々軽いもののはずだから、ちゃんとした治療をすればすぐ治るものなんだろうけど。
まあ本当に長い間何もせずほっとくとかすると即死するとかは聞いたけど、僕はまだまだなんだろうな……
胸の苦しみはあるけど、普通に生きてるし


寝込んでいた際から思ったこと
『どうせこの先に地獄しか無いのなら 早く死んだ方がいいんじゃないだろうか』

ぶっちゃけ、詳しくは言えたこともないし普通言えやしないような内容なんだろうけど
とりあえずは、もう僕は幸せになれないんだと思う。ひたすら思ってる。
いや、並以下の暮らしさえできないのではないだろうか?
結局、最期は野垂れ死になんじゃないだろうか?

どうせ幸せになれないなら、苦しい思いをするなら
先に楽に死ねる環境があったら、死ぬことができる環境があるうちに、死んでおいた方がいい
僕の場合はきっと、この先楽しいことよりも辛いことが起こる方が遥かに多いだろうし、
結局人はいつか死ぬ。
死んだらどこに行くんだろう? 死んだら今の意識はどうなるんだろう? わからないから怖い。
でも、いずれ誰でもそれを自分の身で確かめることになる。
皆いつかは死ぬ。必ず。
それは、自分も同じ。不死身の人間なんていないから。

だからといって、結局最後は死ぬのなら、いつ死んでも同じというわけでもない気がする。
生きているうちは当然良いこともあるし、悪いこともある。
人間は、その良いことを生き甲斐として生きている人が多いんじゃないかなぁと思っている。
実際、死んだらもう美味しいものを食べれなくなるだとか、友達と楽しくお話したりだとか、
物を見て、音を聞いて、楽しんだり感動したりすることが出来なくなるというのはすごく残念だし、嫌だ。

さて、『生きているうちは当然良いこともあるし、悪いこともある』と言ったばかりだけど、
良いことと悪いことにも数や度合いというものがあると思う。
悪いことが無い環境等存在しないが、
幸福感が一切無い、少なくとも感じられないという境遇は存在するのではないだろうか……?
本人の性格にも寄るかもしれないが、それがどれほど悲しいことなのか……

まあ、僕は現時点では楽しいこともあるし、それには当てはまらないけれど
とりあえず死にたいと思った
既に昔に、死んじゃだめだよとか気遣いのコメントをいただいて
それは本当に心にしみたし嬉しくて感動して、実際泣いた
今見返しても、特にMさんとYさんのコメントには励まされた



でもどうしても死にたいって思うことはこれまでに本当に多くあった
それを誰に言う、言えるってわけでもなく、元々人に言うことじゃないだろって思っていた

僕は、『死んでやる、これから自殺する、もう死のうかなぁ』と周りの沢山の人間に言いふらし、
心配をかけさせる人間
が心底嫌いだ。
所謂『かまってちゃん』『悲劇のヒロイン気取り』と呼ばれる性格。
正直、それは僕にも該当しているんだろうけど……

ただ誤解されたくないのは、別に「構ってほしい」という思考の人が嫌いというわけではないし、
それは僕自身もそうだから共感できる。
あとこれを書いた分これだけは最も誤解されないで欲しいと願うことが、
「死にたい」と思うこと、「死にたい」と言う行動自体は決して悪くないのではないかということ。
生きていれば、大体の人間が死にたいと思うことがあることだろうし、
「死にたいと言うこと」に関しては、周りの信頼できる人、特定の人に言うことはむしろ良いことだと思う。
ただ、それが「相談に乗って欲しい」という気持ちは欠片も無く、「心配をかけたい」という一心だけの行動であり
多くの人にそれを言い振らし、心配されていいこいいこされる為だけにやっているというのであれば
やはり僕が嫌いなタイプということだけれど……

心配して貰えるのは誰でも嬉しいし、そのこと自体はいいと思う。
けれど、軽はずみに「死」という単語を使って周りを自分の意思通り操ろうとするのはどうしても反感がある。
それも理由のひとつであり、僕は言わないことにしている。
まあいつものように『同情して欲しくない』だとか、
こういった「もう死んでやるー」って言う人種に反感を覚える人も僕以外にも案外いるものだから、それもある。
一応……気持ちはわからなくもないんだけど、見ているとやはりかなり嫌気がさしてしまう。

もう一度念を押すと、相談に交えて「死にたいと思った」「死にたいなと思っている」と言われるのは
僕も気持ちがよくわかるし、相談して貰えるとすごく嬉しい
実際いろんな方にお話して貰えるだけで、昔から何か救われていたと思う



また少し違う話にずれるけれど
何か絶望感にまみれて、切実に自殺したいと思った
これまで、やるとしたらずっと飛び降りするつもりだった。
退院する際とか、個室の病室の窓から飛び降りようとしてたんだったかな……
昔の記事があったので、その辺りを大まかに抜粋してみることに。

『皆との雑談は、とても励みになりました。辛いことをあっという間に忘れられました。
そして忘れて、悩みを言う機会を無くすのです。
迷惑かけてはいけない、という理由で思いとどまった時もありました。
でもそんな綺麗なことではなくて、結局機会を逃してしまうから言えなかったのが殆どでしょう。

入院している間、それもできなくなって、正直初日から一日くらいは何かに押し潰されそうな気分でした。
帰ってから何と言おうかな、等と考えてばかりいました。

そして退院の日、迎えに来た母のきつい言葉にまた打ちのめされるのです。

入院していた部屋は個室で、窓がありました。
見下ろすと、なかなか高さがあります。しかし、死ぬことはできないかもしれません。
でも、頭をうまく打てば……
そう思って、部屋から一度出た母を見て、急いで3行くらいの遺書を書きました。

前も、そうでした。
物置部屋に包丁を持ち込んでも、リストカットさえしたことは無い。
僕は、弱虫だ。』


まあ……
入院……したのは、いつだっただろう。
ラテを初めて直後くらいだったわけだから、大体去年の4月頃だったと思う。案外、近い。
もう、二年前の出来事くらいに思っていたのに。

あの時すごく悲しくて、でも母の前では泣かずに堪らえて苦しかったこと、
でも母が部屋から出て行った瞬間布団に顔をうずめてわっと泣いたこと、
あの窓から見下ろした景色は今でも大体は覚えているつもりだ。

病の種類のせいだろうか、地域のせいだろうか、僕が入院した所は僕が見た限り高齢の人しか入院していなかった。
そして僕は個室。実際、個室の方が僕も安心できてとても良かっただろうけど……

ただその為、入院中は退屈で誰一人ともまともに会話できないのが寂しく、検査も酷く過酷で、
それでも無理矢理自分を励ますように
大量に持ってきた紙とシャーペンを取り出して、ひたすら落書きをしたり
ベッドで眠ろうと努力し、結局眠れず
分厚くて重たい掛け布団を被ってその中で小声で歌を歌ってみたり、
その病院に行く途中に買った薄いが内容が小難しい文庫本を、理解に苦しみながら読もうと努力してみたりしていた。
正直、それでもう既にトラウマになってしまい、二度と入院なんてするものかと心に決めている。
結局それで一時期病状自体は良くなったが、また悪化してしまったし、
その点以外はもう悪いことしか覚えていない……



あともうひとつ、その記事のすぐ後にもうひとつ飛び降りしようかと思った発端が書いてあった。

『つい前日(といっても一週間前くらいでしょうか)、家で大きなトラブルがありました。久々でした。
長くなるのと気分が向かないのとで、省略します。

とにかく、その時もう半分意味がわからなくなり裸足で上の階段に逃げる……というよりはまぁ、駆け上がりました。
飛び降りようとしたのです。
身を乗り出そうとしたのですが、高さがあって駄目でした。
その時、ちょっと希望がわきました。
僕でも意味がわからなくなって、またあのようなことが起こって混乱すれば、勢いで死ぬことができるかもしれない、という希望でした。

自殺は自分でも馬鹿げたことだと思います。それでも人間は一回は思うことでしょう。
これもまた随分前ですが、とある方が自殺しようとしていた方を批判していたことがありました。
賛成という心もありましたが、反対という心もあり、微妙でした。』


なんか昔の記事を見返すと、口調が自分がちょっとだけ違う人間みたいにも感じて面白い。
その「家のトラブル」というものも、覚えている。
若干もう、うっすらになってきて来てしまってはいるけど、大体のことは……

ただ、『自殺は自分でも馬鹿げたことだと思います。』という部分が、
今の僕の思っていることと違うのがまた面白いと思った。まあ、昔と考え方が変わった、ってことだけど。
今は、「馬鹿げたこと」とは思わない。良いことだとはもっと思わないけど。




さて、また話が大きく脱線してしまって、言いたいことが遠まわしになる。なんか、これが癖なんだよね。
気がつくとそれ関連の別の話についてまで書いている。
だから、無駄に文章が長くなる。

自殺の仕方について。
死ぬなら飛び降り自殺にするつもりだったと言った。
でも、入院時の窓はまあ柵も何も無かったので(いいんだろうか……?)、
身をそのまま窓の外に投げれば普通にそのままグシャなわけだけど、
今は家で飛び降りできる所が二番目の抜粋で言った所と同じ、自宅の階段を登った場所。
でもそこは、塀? が丁度身長くらいの高さがあり、そのまま身を乗り出すことは不可能。
当時の僕は、その気になった時は家の脚立でも運んで行くつもりだったが、
そんなことをしている間に自殺する気が失せてしまって、結局振り出しに戻ってしまうのではないかと数回考えた。

だからといって、メジャーであるらしい首吊り自殺は息を止めているような感覚で苦しいのだろうし、
薬を大量に飲んで死ぬ、というのは楽なら勿論喜んでやりたいものだが、そんな薬手に入るはずもない。それも大量に。
入水自殺……近くに深い海も川も無い。
その前に、まだ息がある間はできるだけ痛い思いや嫌な思いはしたくないので(自殺する気あんのかって感じだが)
入水は、首吊りのイメージと同じく、確実に苦しいのだろうと思い即却下。
感電死……できないだろう。却下。
家ごと焼いて焼死……これをイメージしてか、あいつを火あぶりにでもしてやろうかと思ったかどうかは自分でも曖昧めだが、
先日100円均一でマッチ棒6箱を買って来た。
1箱ずつにどっさり入っているのに6箱で100円! お得!
まあ、なんだかんだいって生まれて少しからずっと暮らしているこの家を焼くのは抵抗がすごくあるし、
さぞ悲惨な死に方をするんだろうなと思いつつ、
ただアロマキャンドルやお線香を焚いて楽しんでいる。僕どんだけ呑気なんだと……
電車、自動車に突っ込む……論外。これだけはしたくない。
少し想像しただけでも、多大かつ大勢の人に迷惑をかけることが目に見えている。流石に申し訳ない。


また、飛び降りも一応、自宅は4階までなので高さが無く、落下しても死ねない可能性が非常に高い。
別に生き残ってしまってもいいかもしれないが、後遺症が残る可能性が高いらしく、尚更その先辛くなってしまう。
それならやはり確実に逝ってしまいたい。
なら別のアパートやマンションから落ちればいいとも思うが、他所様、しかも人が沢山住んでいる所で
血や、あるいは肉片をも散らして無残に死ぬとかは流石に気が引けてしまう。
ちなみに、僕の住んでいる宿舎はもう殆どがら空き状態だし、近々潰される予定でもあるらしいので
今考えてみるとうってつけなのかもしれない。


さて、一通り予想していた死に方をまとめてみたけど、これは以前からの考えだった。
昨日欝全開になり、復帰しても尚まだそれが残っていたので、
いつになってもハイテクノロジーなGoogleで自殺について色々と調べてみた。
勿論、それによって自殺を制する文もあったが、やっぱりそんなのどうでもよかった。
こういうことになると、大分僕はひねくれそうだと思う。いつも以上に。
どうでもよくなると、本当に心から共感できるようなことでないと聞き入れられなくなるんじゃないかと……



候補にも出たけど、勿論『自殺 方法』で調べた。
結果、結構様々な知識が増えて面白かった。

入水自殺。
身体が水を吸収してぶよぶよになってしまい、ふやけた肉が魚の餌になる、だとか。
まあ確かに、暫く見つからなかったら少なくともふやけはするんだろうね。
その肉が、魚に食べられるっていうのも十分想像できる。
で、見つかった時には皮膚は食われてしまってボロボロで……骨は露出してるかどうかわからないけれど
少なくとも、期間や環境にもよるんだろうけど長く見つからなければ、臓器も出ちゃうんだろうか……

次、僕がしようとしていたらしい
飛び降り。
まあ、やはり高さにもよるけどグッチャァになることは確からしい。
骨は折れるだろうし、落ちた瞬間の衝撃がすごそう。
血飛沫は勿論飛ぶだろうけど、実際肉片が飛ぶかどうかはよくわからない……
でも高さが結構あると、落ちているうちに意識を失うとか?
まあ4階とかだったらだめだろうけど……もしかしたら骨折止まりになっちゃうかもしれないなぁ ううん

飛び込み。
まあ、最初から全否定しちゃってるけど……するつもりはないけど、少し興味は沸いてしまった
いや、電車の場合だけど、飛び込んだら身体が酷い衝撃と共に吹っ飛ばされて、
建物か地面に打ち付けられてバタッだと思っていた。
ところが、実際はそれどころじゃないとのこと。
血と肉片が飛び散る飛び散る。頬の肉まで削がれるらしい。
遠くの畑までその自殺者の腕が飛んでくるとか。
それはやはり、電車のスピードが速い程悲惨なものになると……
あれ、今気付いたけど、この飛び込みって正面に衝突して飛ばされるのではなくて、轢き潰される例なのかな?
あとは、電車の場合遺族が凄まじい量の賠償金を迫られるとかで、その辺りも本当に好ましくない。
電車に乗っている人に
電車に乗ろうとしていた人にも
その駅にも
遺族にも迷惑がかかる
そして肉片が飛び散り、それを見た他の人が深いトラウマを背負う
……一体、どれだけの人にどれだけ重いものを擦り付けていくのやら。
此処まで考えると、飛び込みする人は……


そして冒頭で言った最も簡単らしい死に方、それが首吊り。
苦しいものだとばかり思っていたけど、一番楽らしい。
首を吊って数秒から意識を失うだとか……そして、そのまま誰にも発見されず邪魔されず、暫く経てばそのまま絶命。
それ程良い方法はあるんだろうか?
まあ、万一死ねなかった場合はその後植物状態だとか認知症等の重度の後遺症が残る可能性が高いとのこと。
でも発見さえされなければ流石に行けるんじゃないだろうか。
あとは、首を吊る際に衝撃で首の骨を折るなどして即死する場合? もあるらしい。即死ならいいよね。
しかし、首を吊って長い時間が立ち過ぎると目玉が飛び出して来るという話も見た。
死んだらそれっきりなんだからどうでもいいかもしれないけど、生きているうちは気にするものだよな


つまり、ロープやら紐やらと、首を吊れそうな場所があればいつでも簡単に死ねる(リスクは大きめだが)ということ。
これは、僕は本当に嬉しいと思った。
だって、大抵の人間は「死にたいのに死ねない」でしょう?
これなら簡単に死ねる。生きるも死ぬも自由。本当に死にたくなったらいつでも死ねる!

これは、調べた際にもうひとつ見つけたことだけど、
無理に死ななきゃいけないと思わなくてもいいし、本当に死にたくなった時が来たら死ぬといい、とのことだった。
そうだなーと思った。
自分が死にたくないのなら生きるし……本当に辛くて、もう死ぬしか選択肢が無くなった時に死ぬんだと。
死にたくないって言うのは、『まだどこかに希望を残しているから』、だそうだ。

そうだったら、僕ももう行き場を無くして地獄なような思いをするようになってから死ねばいいやと思った。
そうしたらなんだか心が軽くなった。
もう自分の感情を否定するのはやめるようにして、自分の気持ちを自分で認めるようになったら楽になった。




なんかこれ普通の人が読んだら気狂いに見える気がする
でもそれはそれでいい 化けの皮っていつか剥がれるものだし
剥がれない場合も沢山あるけど
Secret

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